
第一次異種格闘技戦完全記録
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第5戦 VS『ザ・モンスターマン』戦
格闘技世界一決定戦・1R3分10回戦
〜1977(昭和52)年8月2日・日本武道館・観衆11,000人〜

◆1977(昭和52)年8月2日に「日本武道館」で行われた「異種格闘技戦」の「ザ・モンスターマン」戦こそ、再戦(1978年6月7日「福岡スポーツセンター」)をも含めて、私の闘う〜心の神様!「アントニオ猪木」の多くの「異種格闘技戦」の中でも超BESTバウトであったように思います…。昭和52年に入ってからのプロレスラー・「アントニオ猪木」としての戦い前半は、「新日本プロレス」の恒例シリ〜ズに「上田馬之助」が「猪木」に殴りこみをかけてきた関係上…多少、「異種格闘技戦」を自粛していたのだが?…そんなある時、アメリカから新たなる挑戦者が「猪木」との闘いに名乗りを上げて来たのでありました…。その挑戦者は?…「マーシャルアーツ(全米プロ空手)世界ヘビー級チャンピオン」の「ザ・モンスターマン(エベレット・エディ)」と言う〜未知なる強豪だったのである…。
◆一時は、「異種格闘技戦」の継続を経済的(「アリ」戦における〜「猪木」サイドの多額の負債等…)に断念しかかっていたハズであった「アントニオ猪木」の眠りかけていた「異種格闘技戦」への「闘魂本能」にまたも火が着いてしまうのであった…。1977(昭和52)年7月25日に来日して来た「ザ・モンスターマン」は、「京王プラザホテル」における記者会見の席上で、「猪木を2Rで、KOして見せる!」…と豪語し、公開練習でもサンドバック相手に強烈な必殺キックをバンバン〜叩き込み!…「ザ・モンスターマン」の凄さを見せつけていたのでもありました…。
◆1977(昭和52)年8月2日〜「日本正武館」の「鈴木正文館長」がレフェリーのもとに試合開始…。「第1R」開始のゴングと同時に「猪木」は、「モンスターマン」の左スネに右の「ローキック」を決める…。「前蹴り」を出してきた「モンスターマン」に対して…「猪木」は「スライディング・レッグシザース」を仕掛け、「モンスターマン」をあっけなく〜転倒させる!…。そんな感じで「第2R」くらいまでは、「猪木」有利な試合展開だったのですが、「第3R」に入ると「猪木」は、「モンスターマン」の強烈な「ニールキック」をまともに浴びでしまい、「猪木」が初のダウンをくらう…。意識朦朧状態で立ち上がった「猪木」は渾身の力で、禁じ手の「ヒジ打ち」を放つが、この反則行為に怒り狂った「モンスターマン」が「猪木」に対して再びの「ニールキック」!…そして、間髪入れずに「前蹴り」、「バック蹴り」の連続猛ラッシュ!…「猪木」の大ピ〜ンチ…。「第4R」にも「モンスターマン」の強烈な「延髄斬り」で、またも「猪木」はダウンしてしまうのでありました…。
◆そして迎えた「第5R」〜「猪木」はロープ際で放った「フック」で、「モンスターマン」をようやくダウン〜させると…「燃える闘魂」爆発!…。そのまま〜逆さまに担ぎ上げての無理やりの「パワーボム」で、黒い体をマットに叩きつけ、まったく動かない「モンスターマン」にとどめの「ギロチン・ドロップ」を食らわし、10カウントの豪快なKO勝ち!…。又も「アントニオ猪木」の逆境からの強さと怖さを全世界に改めて証明する形にもなった「異種格闘技」の見ていて面白かった一戦だったのでもあります…。
{勝者}アントニオ猪木 <KO・5回1分38秒>{敗者}ザ・モンスターマン
≪著作/新日本プロレス≫
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