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【Q】質問です?…。かつて大学の後輩に『大魔神』の子役エキストラをしていた者がいたのですが、その後輩が、『悪魔くん』の子役は交通事故で死んだというのです。本当でしょうか?…。 【ご質問者・「Shid」さん】
★『悪魔くん』こと「山田真吾」少年役や『ジャイアントロボ』を自由に操る主人公「草間大作」少年役などなど…東映制作の人気テレビ特撮名作品2本で印象的な好熱演をされ、私達の記憶の中に今でも強烈な印象を深く〜残してもおります当時の名子役、「金子光伸」さんは、『東映特撮大全〜ジャイアントロボの世界』と言う書籍によりますと?その本の中に東映作品の名プロデューサー「平山
亨」氏の貴重なインタビュ〜記事があり、「光伸くんは、2年前の1997年に亡くなった?(交通事故か病気かは、金子さんの御両親の意向で伏せられており詳細は、わかりませんが?)」…と言う衝撃の事実を「金子光伸」さんの御両親から去年になって、「平山」氏の方へ直接、時後連絡があったそうなのです…。
★因みに「金子光伸」さんは、1983(昭和58)年に企画された『仮面ライダー第10号・ZX』に変身する主人公の「村雨 良」役にも内定されていたらしいのですが?当時、既に役者業を引退し、ツア〜コンダクタ〜をやられて軌道に乗り始めていた「金子光伸」さんにもう一度役者を…と言うお話を当時の東映の名プロデュ〜サ〜「平山 亨」氏ご自身が直接「金子光伸」さんに呼びかけ、本人自身も「また役者が出来る!」…と、物凄く〜「10号ライダー」の主役に乗り気だったようだったらしいのですが、「金子光伸」さんのお父様の猛反対により、結局、夢となってしまった(結局、1984年1月3日放送の『10号ライダーZX登場!』の「仮面ライダー特番」には、「菅田 俊」氏が「10号ライダー・ZX」を演じられておりました)…。
★1987(昭和62)年2月発売の特撮雑誌の「金子光伸」さんインタビュ〜の記事には、「現在俳優業は引退し、他の職業の仕事をやっていてすこぶる順調です。『悪魔くん』や『ジャイアントロボ』のビデオは、全部持っているのですが、自分の子役時代の作品は、恥ずかしくてあまり見ません。…が、おじいちゃんは、いつも見ています(笑)」…などと、笑いながらお元気に答えられていた…。もう一回、役者をやってみたい!…と、「金子」さんご自身が役者仲間に強く言い続けていた…。これらお元気な頃の「金子光伸」さんのコメント等を改めて拝見してみますと?う〜ん、本当にすごく残念で悔しいです…。あ〜、今となっては、大人になった『悪魔くん』の「10号ライダー・ZX」役の勇姿が物凄く見たかったですよネ。「メフィ〜スト!だめじゃないか!」&「どうしたんだ?ロボっ!」…。あの舌足らずの声が今でも私の心の奥に聞こえてきます…。合掌。
★堤 哲哉氏から正確な「金子光伸」さん情報として、ご丁寧なご連絡を頂きましたので、訂正方々皆さんへお知らせ致します…。堤 哲哉氏、貴重な「金子光伸」さん情報を本当にありがとうございました(深謝)【TAKA@管理人】
★仕事で地獄大使役の潮さんのことを検索していたら、このページを見かけました。掲載されている記事からかなり時間が経過しているので、どうかなとも思ったのですが、自分は元東映プロデューサーの平山亨氏のところに残っている資料の管理をしている堤と申します。文章中の金子氏がZXの村雨良役の候補として名前が挙がっていたというのは間違いで、実際には敵役の三影英介の役です。それと、このキャストに名前が挙がったのは平山さんからの発案ではなく、金子氏本人から「もう一度役者をやってみたい」という復帰の思いをつづった1通の手紙が寄せられたことがきっかけとなっています。この手紙は今も平山さんが大切に保管していて、自分も拝見したので確実です。ただご本人の気持ちとは裏腹に、金子さんのご両親の俳優復帰への反対が強く実現には至らなかったとのことです。いまさらとも考えましたが、少しでも正確な内容を知っていただけたらと思いご連絡を差し上げました。 堤 哲哉

★故「金子光伸」さんの『悪魔くん』後日談としまして…。先日、「へろきゃっと」さんと言う役者さんからたいへん貴重で興味深いお話をご丁寧に当サイトへお知らせして頂きましたので、全国の『悪魔くん』ファンの皆さんへお知らせ致します…。【TAKA@管理人】
◆先日、掲示板へおじゃましました「へろきゃっと」こと、「白柳ひろゆき」と申します…。私は数年前までこの名前で舞台役者をしていました。TAKAさんのHP、まだ全部は読んでいませんが、おかげでいろいろな事が思い出されます。そして、Q&Aの『悪魔くん』が亡くなった?を読んで、大変ショックを受けました…。
◆1991(平成3)年の8月…武蔵野芸能劇場の楽屋で「金子」さんをお見かけしているんです。「首輪の無い犬」<当時のチラシ記載は、年号なしの8月9日(金)・10日(土)…で、日付と曜日の一致する1991年だと独自判断したわけですが、間違いないかどうか?>という芝居に出演していた「潮 健児」さん(ヤクザの親分役で御出演)を訪ねてきた青年(「金子光伸」さん)がおりました。私が「潮」さんをお呼びし、お二人が顔を合わせたのを確認して去りかけた時、「潮」さんが私に「悪魔くんだよ…」って紹介してくれたんです。その場にいた友人と二人で、「ええ〜、悪魔くん?!大きくなったんだねぇ…」なんて大騒ぎしちゃいました。冷静に考えれば「金子光伸」さんの方が私達より年上の筈なのに?子役時代のイメージを崩すことなく、笑顔の優しい好青年でした…。そして、「金子」さんは、面会でなく、芝居がはねてから打上げの席へ向かうための運転手役<もしかしたら、「京本政樹」氏の製作・主演のビデオ『髑髏戦士スカルソルジャー』の製作時期と重なっていたための、「金子」さんと「潮」さんの一時的な復縁だったのかも?詳細は不明です>として、わざわざ車で来られた事を聞きました。「潮」さんは肝臓病で入退院を繰り返してるうえ、天涯孤独の身でしたから、「金子」さんが身内のように気づかってるんだなぁって、微笑ましく思いました。そして舞台搬入口でバラしたセットを積み込みながら、「潮」さんを乗せた車を見送りました…。「お疲れさまでした!」の声に、「悪魔くん」と「メフィスト」は会釈して走り去って行ったのです。
◆今思えば、それがお二人の最後の姿となってしまいました…。いや、本当の最後は『髑髏戦士スカルソルジャー』(タイトル間違っていたらごめんなさいです)ですね。「潮」さんが「メフィスト」のような格好で出演しているのですが、ラストの方で「金子光伸」さんもワンカット出ているのですよ、ご存知でしたか?…。この頃には、「潮さんはもう長くないぞ…」と、前途の芝居の演出家より聞かされておりましたから、「潮」さんの死はそれ程ショックも無く受け入れられたのですが、「金子」さんまでが、その後間もなく逝ってしまわれたなんて…。ネットによくある怪情報ってやつではと思いましたが、TAKAさんの書かれた文面を読んだ限り確かなようですね。なんか性悪な死神の仕業のような気がして、憎らしいです。お二人のご冥福を…と言うより、地獄で妖怪退治でもしてるんだろ、がんばれよ!って感じですね…私には、このようにいい思い出を残していただきました。つたない文章で恐縮ですが、そんな思い出のお裾分けのつもりでメールしてみました…。≪以上、「へろきゃっと」さんからのメ〜ル原文より〜一部省略…≫
★感動&興奮!正直言って私自身、「金子・悪魔くん」と「潮・メフィスト」さん後日談のちょっと良いお話として、たいへん感激を致しました。そして、この素晴らしいお話に、いてもたってもいられなくなった私は、後日、「へろきゃっと」さんへ私「TAKA@管理人」から「世の中のたくさんの『悪魔くん』世代の人達にこの素敵なお話を是非!知って貰いたいっ!」…と言う主旨をお知らせする為に、「へろきゃっと」さんの貴重で大切な思い出を私のHP上で公開してもよろしいですか?…と、「へろきゃっと」さんへ直接、打診メ〜ルを送付致しましたところ?たいへんうれしい事に即刻!当サイト宛に、「へろきゃっと」さんからの嬉しい「OK!」のメ〜ルが到着致しました。本当に感激です!…。以下、「へろきゃっと」さんからの貴重なお返事メ〜ルをご紹介させていただきます…。
◆TAKAさん、先日はお返事頂きありがとうございました。この思いは私も同じです…。役者を経験した者は、感動は共有してこそ財産と感じるものです…。思い出というのは、楽しくもあり、切なくもありで、気持ちは複雑ですね…。だから思い出を語るとき、その気持ちを表現することが難しいです…。亡くなった人に対しては、どうしても思い入れが強くなってしまいがちです。もしかして、自分勝手に美談に作り変えてはいないだろうか?そんな自問自答をしながらだったので、あえてTAKAさん個人宛の直接メールにしたんですよ…。もちろんお話したからには、その判断(HPへの掲載公開の件)はお任せするつもりです…。魔法陣描いて潮さんを呼び出し、この話を皆に聞いて貰ってもいいかと相談できたら一番いいんですけどね…。「潮」さんや「金子」さんも役者であるからには、この気持ちはわかってもらえると信じます…。
◆私の住んでいる浜松は、「地獄大使」が「ショッカー軍団、万歳!」と言って死んだ中田島砂丘あり、ショッカー首領の基地があった浜名湖ありの、ショッカーゆかりの地です。だからでしょうか、「潮」さんに関しては「メフィスト」より、「地獄大使」のイメージが強く残ってます。あ、そうか、もし「金子光伸」さんが「仮面ライダーZX」になっていたら、「暗闇大使」(「潮」氏が「ZX」で演じられた役)と対決していたわけだ。こじつけかもしれないけど、やはり「悪魔くん」と「メフィスト」の絆なのかな?…。確か、「潮」さんが亡くなる直前に自伝を出版されたという話も聞いております。もし、その本がありましたら、私の話の裏付けも取れるかと思います。難しい課題を付けてしまいましたが、情報提供者の責任という事でご理解ください。TAKAさん、よろしくお願いします…。≪以上、「へろきゃっと」さんからのご返信メ〜ル原文より〜一部省略…≫
★「へろきゃっと」さん!今回、「金子光伸」さんと「潮 健児」さん関連の本当〜に貴重で大切なお話のご提供と今回の当サイト上での公開に快く同意してくださったお気持ちを本当にありがとうございました。本当に心の底より感謝を致しております…。≪情報追記〜1999年9月22日追記≫
★「へろきゃっと」さんから又も貴重な『悪魔くん』関連の感動メ〜ルを頂きましたので、皆さんへ原文のままお伝え致します…。【TAKA@管理人】
◆TAKAさん、HP見ました。掲載ありがとうございます!…。自分で書いた文章なのに、改めて読んでちょっとジ〜ンときちゃいました。この話を裏付けるため、「首輪の無い犬」に出演していた女優に電話してみました。彼女の話では、当時金子さんも打上げに参加されて、お話も聞けたそうです。金子さんが亡くなられたことに驚きながらも、こんな話をしてくれました…「悪魔くん、あの日に限らず毎日のように潮さんを送り迎えしていたよ」…と。やはり、一時的な復縁じゃなかったのですね…。「旅行代理店に勤めてるんだけど、時々は役者もやっているって言ってた」…と。じゃ、「スカルソルジャー」に限らず、潮さんの出演作品にはエキストラ程度で出ていた可能性大って事でしょうか?だったら「ZX」役の候補になったのもわかります。引退しちゃってたら、顔がつながってなきゃ、すぐ忘れられちゃう世界ですからね…「とても温和な人柄で、潮さんによく尽しているなぁって感じがした」…と。「それだから、潮さんが連れていっちゃったのかなぁ?…。」って最後にそう言ってました。なんか、それ聞いたらまた切ない気持ちになってしまいました。役者じゃ食えないからって、会社に就職しちゃう人は多いです。でも、やっぱり未練が残ったりして…。だから私なども、しょっちゅう東京まで友人の芝居観に行って、貧乏話を聞き、バラシ手伝ったり、飯おごったりして、「芝居関係者」の自分を維持しています。以前お話したように、何でも自分の尺度で判断しちゃいけないとは思うんですけど、金子さんもたぶん、私と同じ気持ちで潮さんに付いていたんじゃないでしょうかね?…。そうそう、潮さんから頂いた名刺が見つかったので送ります。≪以上、「へろきゃっと」さんからのご返信メ〜ル原文より〜一部省略…≫
←★この似顔絵!すごくいいですねぇ〜!…。
★「へろきゃっと」さんの役者に対する考え方、ご自身の強い思い〜なども併せて、私達の胸にジン〜!と伝わって来て、天国にいる「金子」さんや「潮」のおとっつあんもさぞかし喜んでいる事と思います…。今回、本当に貴重な情報ありがとうございました!…。そして、「へろきゃっと」さんが今後、役者として歴史に残る舞台やテレビドラマ等に出演する日がきっとやって来る様、影ながら応援しております。頑張って下さいね!…。≪情報追記〜1999年9月26日追記≫
≪「金子光伸」さんの主なテレビ出演作品の一部…≫
●『快傑黒頭巾』〜1966年1月10日〜同年4月3日、フジテレビ系で放映、テレビ初出演?…。
●『悪魔くん』〜1966年10月6日〜1967年3月30日、NET(現・テレビ朝日)系で放映、<制作>東映東京制作所。
●『ジャイアントロボ』〜1967年10月11日〜1968年4月1日、NET(現・テレビ朝日)系で放映、<制作>東映東京制作所。
●『コメットさん』〜1967年7月3日〜1968年12月30日、TBS系で放映。第51話「ふしぎなふしぎな笹舟」での「タロー」役ゲスト出演…。<制作>国際放映。
≪著作・情報提供〜東映(株)・白柳様・堤哲哉様≫
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